【TAYTAYLANDお化け屋敷2】体験した怖い話※閲覧注意※完結編

                            

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TAYTAY
TAYTAYLANDお化け屋敷へようこそ。今から話す話を聞いて万が一不幸が起こったしても、当ブログは一切責任を負いません。それでは恐怖の旅を楽しんで下さい。こちらは完結編です。まだ読んでいない方はまずこちらからご覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで、大学を卒業した10年ほど前に、一度、町へ戻り先生にもう一度その電話番号を確認しようと考え、私はそれこそ数年ぶりに故郷へと足を運びました。

地域の開発・発展に伴って、人口は増えたものの、面影自体はまだちらほらと残っているようでした。しかし、塾を尋ねた時に、衝撃の事実を耳にしたのです。

 

 

 

 

 


 

私が町を離れた2年後のことでした。私に話を伝えた先生は、突然交通事故で死んでしまったと言うのです。飲酒運転をしていた対向車と正面衝突、即死だったと聞かされました。

さらに追い打ちをかけるように、塾の事務員は当時の友人たちの消息を淡々と伝えていきました。もっとも、その事務員もまた当時の友人の1人でもありました。

 

 

 

 

ある1人は中学受験に失敗した後、高校受験でも失敗し、入水自殺。1人は引きこもったのち、虐待に遭い死亡。ある者は高校卒業後に警察学校へと進学したものの、銀行強盗との闘争の結果、殉職という話でした。

実に、当時の半分もの友人が音信不通、あるいはもうこの世にはいない状態だったのです。

 

 

 

 

 


 

背筋が凍りつくのが分かりました・・・・


 

 

 

 

 

しかし、それ以上に怖いのは「なぜ死んだか」よりも「仮に呪いがかかっていたとして、なぜ誰も対処しないのか」「仮に呪いがかかっていたとして、あの話のどこにそんな要素があったのだろうか」ということでした。

 

 

 

 

 

ですが、その疑問は独自に探した話で見つけたのです。それは、夏祭りに隠されていました。そもそも、あの地域での夏祭りは現在でこそ、感謝祭だの納涼祭だの「いかにも」な理由が付けられていましたが、そもそもの始まりは「村八分で社会的に抹殺された人間に対する供養」だったのです。

気になって県の図書館で調べてみると、資料の中に江戸時代のことが書かれていました。

村八分になった人たちは、ほとんどのことを自分たち家族で執り行わなければならない、ひどいときには冠婚葬祭でさえも身内でしか開くことができないといった始末だったそうです。

江戸末期に村で火災が起きても、出火元であった家は消化されることもなく、そこから逃げようとした人たちが川に飛び込み、そのまま亡くなってしまったようだと、書いてあったのです。

私はこのとき、夏祭りのことを思い出しました。墓で誰かに道を聞かれる。川の中に人の顔が浮かんで見える。誰かが後ろをつけてくる。

 

 

ひょっとすると、友人たちの死は江戸時代の人たちの死と何か関係があるのかもしれません。さらに聞くところによると、塾の先生もかつて小学生だったころに同じような経験をしていたとか。

 

 

 

 

ですが、まだ当時の友人も約半数が生き残り、私自身は参加していなかったためにそもそも呪いの対象になっているかさえ分かりません

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、それでもふと思い出すのです。「電話をかければ助かる」という先生の言葉を。

※この話は事実に基づくフィクションです。
事実を基に構成しておりますが、読む方や登場人物に考慮し、修正を加えております。

 

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